
海洋研究開発機構(JAMSTEC)は2026年7月24日、南鳥島沖の深海底から回収した泥に「中重レアアース」を複数確認したと発表しました。 資源ニュースとして報じられましたが、検出量の上位3元素は、いずれも中国がいま日本向けに輸出を絞っている元素そのものです。そしてその用途は、AI半導体を製造する装置と、AIを動かすデータセンターに直結しています。
この記事では、発表内容を整理したうえで、この泥がAIのどこに効くのかを、規制の現況とあわせて一次情報ベースで確認します。
何が確認されたのか
探査船「ちきゅう」は2026年2月、南鳥島沖の水深約6,000メートルの海底から約50トンの泥を回収し、海水と混ざったスラリー(泥水)として船内タンクに貯蔵していました。今回発表されたのは、その泥の分析結果です。
ポイントは量ではなく質でした。抽出されたレアアースのうち約54%が中重レアアース(イットリウム・ガドリニウム・ジスプロシウムなど)で、残りの約46%がネオジムなどの軽希土類でした。中重希土類は存在量が少なく、精錬・分離の工程が特定国に偏っています。そのため、軽希土類より戦略的価値が高いとされます。
見つかった元素と、中国の規制対象は重なっている
ここが今回のニュースの核心です。中国商務部・海関総署は2025年4月4日、中・重希土類7元素の関連品目を輸出管理の対象とし、即日施行しました。対象はサマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウムの7元素で、金属・合金・酸化物・化合物とその混合物が含まれます(ジェトロ)。
JAMSTECが南鳥島沖で最も多く確認したのは、上からイットリウム・ガドリニウム・ジスプロシウム。3つとも、この7元素のリストに載っています。 偶然の一致ではなく、「中国が輸出を管理するほど戦略価値が高い元素」と「深海泥に中重希土として濃集する元素」が、もともと重なりやすいという構造です。
規制の現況は誤解されやすいので整理する
2025年10月以降、米中協議を受けて中国が規制の一部を停止したと報じられました。ただし停止されたのは4月の措置ではありません。
| 措置 | 内容 | 2026年7月30日時点の状態 |
|---|---|---|
| 2025年4月4日公告 | 中・重希土類7元素(Sm・Gd・Tb・Dy・Lu・Sc・Y)の輸出管理 | 継続中 |
| 2025年10月9日公告(6件) | 超硬材料、レアアース生産設備、中重希土5元素、リチウム電池・黒鉛、域外品目、関連技術 | 2026年11月10日まで暫定停止 |
| 2026年1月6日公布 | 日本向けの両用品目輸出管理の強化 | 即日施行 |
ジェトロは10月9日分の停止を伝える記事の中で、4月4日発表の中・重希土類関連品目の輸出管理は施行が継続していると明記しています(ジェトロ)。「レアアース規制は1年停止された」という要約だけを読むと、イットリウムやジスプロシウムの規制も解けたように誤解しますが、そうではありません。
AIを「つくる側」——イットリウムと半導体製造装置
イットリウムと聞いてブラウン管や蛍光灯の蛍光体を思い浮かべる人は、用途の認識が20年ほど古いままです。いまの主役は半導体製造装置です。
半導体の微細加工に使うプラズマエッチング装置は、チャンバー(反応室)の内壁部品が反応性の高いプラズマとガスに常時さらされます。ここで部品が削れると微粒子(パーティクル)が発生してウエハーを汚染するため、酸化イットリウム(Y₂O₃)などの耐プラズマ皮膜でコーティングして保護します。イットリウムはこのほか、LED・医療用レーザー・航空エンジンの耐熱材にも使われます。
そして価格です。英調査会社アーガス・メディアによる中国外の指標価格で、イットリウムは:
- 2025年前半:1kgあたり6ドル程度
- 2026年2月26日:850ドル(約140倍・2012年以降の最高値)
- 2026年4月9日:1,000ドル(最高値を更新)
1年強で3桁の倍率です。 中国の税関データでは2025年の酸化イットリウムの世界向け輸出が前年比30%減となっており、2026年1月の対日規制強化がこれに追い打ちをかけた形です(日経(日本鋳造工学会まとめ)、日本経済新聞)。
AI半導体は世代が進むほど微細化と積層が進み、エッチング・成膜の工程数が増えます。装置の稼働が増えれば、消耗する耐プラズマ部材も増える。つまりイットリウムは、AIチップの生産量に比例して減っていく素材です。
AIを「動かす側」——ジスプロシウム・テルビウムと冷却
もう一方の出口がデータセンターです。
IEAは2025年4月の報告書「Energy and AI」で、2030年の世界のデータセンター電力消費を約945TWh(9,450億kWh)と予測しました。2024年水準からの倍増で、現在の日本の総電力消費量をわずかに上回る規模です(日本原子力産業協会によるIEA報告書の解説)。
国全体の数字だけでなく、1社単位でもすでに発電所と同じ物差しが使われています。SpaceXは2026年4〜6月期の決算で、自社のAI演算基盤が1.4ギガワットに達したと公表しています。一般的な原子力発電所1基の出力がおおむね1GW前後ですから、それを上回る電力を1社の演算基盤が前提にしている計算です。
消費した電力はほぼ全量が熱になるため、冷やす設備も同じ勢いで増えます。日経クロステックは2026年4月の記事で、データセンターの冷却に使うチラー・冷却塔・液冷システムには多数のコンプレッサーとファンが載っており、それらのモーターの回転子にネオジム磁石が使われていると指摘しています。同記事はネオジム・プラセオジム・ジスプロシウム・テルビウムの4元素でレアアース市場価値の約9割を占めるとしています(日経クロステック)。
ここで中重希土類が効いてきます。ネオジム磁石は温度が上がると磁力が落ちる(熱減磁)性質があり、ジスプロシウムやテルビウムを添加して保磁力を高めることで、高温環境でも使えるようにします。冷却機器のモーターは発熱する装置のすぐそばで連続運転するため、この耐熱性が効く典型的な用途です。
同じ理屈は、現実世界で動くAI、たとえばロボットの関節モーターにも当てはまります。国産のフィジカルAIプロジェクトについてはフィジカルAIとは?国産1兆円プロジェクト「Noetra」44社連合までで整理しています。
一方で、冷却の負担そのものを地上から持ち出そうという構想も現れています。SpaceXの軌道上データセンター構想「Starmind」は、真空では対流も伝導も使えず放射でしか熱を捨てられないため、160m²の展開式液冷ラジエーターを積む設計です。「宇宙は寒いから冷えやすい」という直感が通用しない世界で、その排熱設計が成立する条件を計算で確かめました。
整理すると
| 層 | 使われる元素 | 用途 |
|---|---|---|
| AIをつくる | イットリウム | 半導体製造装置チャンバーの耐プラズマコーティング |
| AIを動かす | ジスプロシウム、テルビウム | 冷却機器・ストレージのモーター用ネオジム磁石の耐熱性 |
| AIを動かす | ネオジム、プラセオジム | ネオジム磁石の主成分 |
南鳥島沖の泥は、この表の上から3行すべてに当たる元素を含んでいます。資源ニュースがAIインフラの話とつながるのは、このためです。
今後のスケジュール
- 2027年2月:同じ海域で本格的な採掘試験。1日あたり350トンの泥を回収する能力の実証を目指す
- 2027年度中(〜2028年3月ごろ):コストを含めた産業化の可否を検討
- 内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)が主導し、脱水処理などの陸上設備の整備も進む
それでも、すぐに答えにはならない
期待を煽らずに書いておきます。今回の発表は「泥の分析結果」であって、採れるようになったという話ではありません。
- 採掘試験は2027年2月、産業化の可否判断は2028年3月ごろ。実用化はさらに先
- 水深6,000mからの連続揚泥は世界的にも例が少なく、採算性の確立が最大の課題
- 仮に採掘できても、分離・精錬の工程が国内に十分にない。レアアースのボトルネックは掘る工程だけではない
イットリウムが1,000ドル/kgという状況に対して、南鳥島が効いてくるのは早くても数年先です。足元の供給不安の答えにはなりません。それでも、中重希土類を国内で確保できる可能性が具体的な数字で示された意味は小さくない、というのが今回のニュースの位置づけです。
よくある質問
中重レアアースとは何ですか?
レアアース17元素のうち、イットリウム・ジスプロシウム・テルビウム・ガドリニウムなど、地球上の存在量が特に少ない重めの希土類を指します。高性能磁石の耐熱性向上や半導体製造装置の保護膜など、代替の効きにくい用途が多く、軽希土類より戦略的価値が高いとされます。
中国のレアアース輸出規制は停止されたのでは?
あなたが「規制は解けた」と理解しているなら、それは正確ではありません。停止されたのは2025年10月9日に公告された6件の措置で、期限は2026年11月10日までです。イットリウムやジスプロシウムを含む2025年4月4日の中・重希土類7元素の輸出管理は継続しています。さらに2026年1月6日には日本向けの両用品目輸出管理の強化が公布・即日施行されています。
イットリウムはAIとどう関係しますか?
半導体を微細加工するプラズマエッチング装置のチャンバー内部品を、酸化イットリウムなどでコーティングして保護します。AI半導体の生産が増えるほど装置の稼働と部材の消耗が増えるため、需要が生産量に連動します。欧州価格は2026年4月9日時点で1kgあたり1,000ドルと、2012年以降の最高値を更新しました。
すぐに国産レアアースが使えるようになりますか?
いいえ。2027年2月に本格的な採掘試験、2028年3月ごろに産業化の可否を検討する予定です。深海6,000mからの採掘は採算性の確立が課題で、分離・精錬の国内体制も別途必要になります。
出典:海洋研究開発機構(JAMSTEC)プレスリリース(2026年7月24日)、ジェトロ「中国、中・重希土類7種のレアアース関連品目で4月4日から輸出管理を実施」、ジェトロ「中国、米中合意に基づき、10月9日発表のレアアース輸出管理関連措置などを1年間暫定停止」、日本経済新聞「レアアース価格上昇、半導体向けイットリウム最高値」、日本鋳造工学会 中国四国支部(日経報道のまとめ)、日経クロステック「隠れた産業の心臓部ネオジム磁石、AIデータセンターやEV向けで需給逼迫」、日本原子力産業協会(IEA「Energy and AI」報告書の解説)。規制の状況・価格は2026年7月30日時点で確認した公表情報にもとづきます。価格は変動するため、最新の数値は各一次情報でご確認ください。